女性交流の覚書に調印

 9月22日~24日、日本では秋分・お彼岸、東アジアでは中秋節にあるこの時期に、糸山マチ子会長を団長とする「福岡市女性翼の会訪問団」16人に日本旅行の有高さん(当ライチ倶楽部理事)と私(千葉=ライチ倶楽部事務局長)が同行して広州を訪問し、広州市婦女連合会との間で、今後の交流をめざす覚書の調印式を行いました。

 広州花園酒店の一室に設けられた舞台には、花を飾った机が用意されており、相互の主たるメンバー紹介、李建蘭主席の挨拶に続いて、ビデオによる婦女連合会の紹介がありました。続いて関副会長による福岡市女性翼の会の紹介と糸山会長の挨拶があり、それから李主席と糸山会長が覚書にサインをしました。双方とも立会人4人が壇上に上がりました。それから記念品の交換と写真撮影を行って、無事に調印式は終了しました。

 昨年5月のどんたくに広州市の女性6人が参加して、女性交流の再開が提案されてから、7月にはライチ狩りに参加した翼の会のメンバーが婦女連合会を訪問して相互交流の意向を確認後、本格的な準備が始まったのです。 覚書の文案を検討し、訪問の日程を何度もやりとりして決定し、団員募集、数回の事前研修、記念品の準備と進めて、やっとこの日を迎えたのです。

 「やっとこの日を迎え」るのに二転三転、直前になって色々な問題にぶつかりました。中秋節が連休になったので日程を変えて欲しい、と広州側から連絡を受けたのは8月19日。私は一大決心して、日程変更などあり得ない事情を、婦女連の副主任に電話で直訴しました。「検討します」という回答から「23日に調印式をしましょう」という連絡を受けるまで待つこと2時間半。素早い先方の決断でしたが、それはとても長い2時間半でした。

 ほぼ同時に発生した、私のロシアビザ取得のために旅券が手元にない=広州に行けないという問題も何とかクリアでき、いよいよ出発という20日頃から尖閣列島をめぐって日中交流に暗雲が漂い始めました。とても悪い雰囲気でした。でも双方ともやる気満々。調印式はとてもいいムードのうちに実施されました。福岡の女性たちは、中国の人々を刺激しないように、準備していたお揃いのピンクとブルーのTシャツの上に上着をはおるという賢明さも発揮しました。宴席で合唱できればと準備していた歌集のうち「“桜”はこの時期だから微妙…」と広州側から避けられましたが、結局おしゃべりと乾杯に終始して昼食会は終了しました。

 日本語を少し学んだことがある李建蘭主席は「“桜”の歌は知っていますよ。」と小声で口ずさんでいらっしゃいました。まだ日本へ行ったことがないという李主席。「来年は是非福岡でお会いしましょう!」糸山会長は福岡での再会を期待して、堅い握手を交わしました。

   

 

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